“甘い涙”  『抱きしめたくなる10のお題』
         
〜年の差ルイヒル より


新緑の季節とはよく言ったもので、
日陰がそうは見えぬほど、
発色のいい明るさをまとった若葉が、
あちこちの梢や茂みを縁取り始めており。
緑って色にはこうまでの種類があったのかと、
毎年のことながら、
その毎年に同じほど、驚かされてしまっている。

 “う〜ん、いいお天気だよねぇvv”

上着がいるほど寒くもなく、
むしろ…髪を梳き、肌をなぶってく風が、
気持ちいいと思えるほどに。
目には青葉が、肌合いへは陽光と涼しい風が、
早くも初夏の訪れを感じさせる、
そんな居心地のいい頃合いなのへ。
その長身を う〜んとますます、
伸び伸びと延ばして見せたは。
亜麻色の髪も軽やかなカットでまとめた、
この季節には似合いのさわやかな好男子殿。
いまだにイケメン系の人気ランキングへ、
堂々の上位入賞を決め続けの芸能人でもある、
桜庭春人さん、その人であり。
高校生として籍を置くアメフトの世界でも、
飛び抜けた長身と、パスへと飛びつく勘のよさを随分と磨いての、
王者“王城ホワイトナイツ”のレギュラーの座を不動のものとしていて。
外見のみならずその性格やら人性やら、所謂“中身”まで、
ところどこに十分な成熟も果たした、なかなかに充実した御仁。
というのも、
彼の周囲には個性豊かな人々が
“これでもか”という勢いで多数溢れているがため。
大仰な言い方で“人生経験”が結構厚く、打たれ強さも折り紙付き。

 “……どういう紹介ですか、それ。”

だってさ。例えば、ほら……

 「? ……………え?」

場外からの語りかけへの“?”が、
途中から…どこかから聞こえた何かへの“?”へと擦り変わる。
空耳か聞き間違いか、いや確かに聞こえた。
ほら…また聞こえて来る。
仔猫の鳴き声にも似てるけど、そんな高さとか細さの中に、
人語としての輪郭も添っており。

 「……の、イヤったら いやぁの。」

あれれ? この声は…と、頭の中にての解析が始まり、
それと同時に足並みも早まる。
他には人の気配もない中、
今 立っている遊歩道の少し先、
公園のシンボルになってる池の縁の前辺りから聞こえてくると、
そうと割り出せたのとほぼ同時に、

 “この声、誰かのに似てないか?”

それは幼いボーイソプラノ。
声の高さに似合った ちょっぴり甘いくせがあり、
余程のこと周囲から甘やかされているのだなと、
だが、ご当人の容姿の愛らしさに、
ついつい納得してしまうその人物というのは、

 「やぁのっ、進さん離して。離してよぅ。」
 「………………………はい?」

陽光が目映くなると、それが生み出す陰も濃くなる。
それでなくとも梢には、
新しい葉が次々に芽生え、それが育つ端から重なりつつあって、
これからもっと強くなる陽射しに拮抗出来るだけの、
頼もしい木陰を生み出す、いわば庇や笠になる。
そんな予兆が仄見える、
スズカケだろうか下枝のしなやかに伸びた、
中高な木の足元、芝草の敷き詰められた木陰にて。
見覚えにも間違いのない、知人の小さな坊やとそれから、
そちらはもっと覚えのある…あり過ぎる人物とが、
同座していたのだけれど。

 「いやったら やぁのっ。手、離してっ。」

小学生だという実年齢以上に、そりゃあ小柄で、腕足も細く。
しかも、潤みの強い大きな瞳や柔らかそうな小鼻に頬にと、
一際愛らしい風貌をした小さな坊や。
舌っ足らずな話しように似合いの甘いお声で、
何にか“やんやん”と彼なりの懸命に抵抗しておいでであり。
それをぶつけている相手というのが、

 「な………何してんの、進っ。」

意外にも程がある人物だったから、桜庭も焦った驚いた。
それでなくとも体格のいい青年であり、
しかもしかも、アメフトのラインバック担当という、
相手を捕まえ、叩き伏せてでもその前進を防ぐために必要な、
握力腕力膂力という仁王様の如くなパワーを、
よくよく練り上げた雄々しき腕へと常に溜め込んでいる、
ある意味 恐ろしいまでの人間兵器(リーサルウエポン)でおわす存在が、
その大きくて頑丈な手でもって、
小さなセナくんのか細い腕を捕まえて離さないでいる。
どう見たって体格差は歴然としており、
それでも両の腕を捕まえたままな相手の手を振り払いたいか、
必死になっての腰を引いてまでして
“うんうん”と離せ離せと もがく坊やの必死さが、
体格の差を思えばいっそ痛々しいほどであり。
それ以前に、

 「なんで…、離してやんなって。」

日頃からもそれはそれは可愛がってるセナくんだってのに?
この子がリクエストしたならば、アニメのお歌も覚えて歌うし、
遊びたいの眠れないのと愚図ってのお電話を掛けて来れば、
それが陽の落ちた後の宵であれ、
下手すりゃわざわざお家までを訪れて、
相手をしてやることだって珍しくはないほどに。
可愛い可愛いと大切にして来た、宝物のような和子ではなかったか?
それが…何でどうして、そんな無体をしているものか。

  嫌がることなぞ一番に
  “しない”としていることだろに

礼儀作法は完璧なくせに、朴念仁で鈍感で。
普通の人へは通じる“フツー”が通じないほど、
空気を読めないことでも有名な男であったその彼が。
この、小さく可憐な王子に出会って以降は、
まるで人が変わったみたいに
柔らかいところをあちこちへ見せ始めており。
それもこれも、
この子がいかにも非力で脆そうな存在だからではなかったか?
そんな相手を、大切なセナくんを、
力づくにて押さえ込むなぞ、あってはならぬ非現実。
くらくらと目眩いがして来そうなの、
それこそ何とか押さえ込みつつ、
チームメイトのごっつい肩へと、
制止のために掴みかかろうとしかかったところへと、

 「お〜〜〜い、間に合ったか〜〜〜。」

も一つ向こうからのお声がかかる。
しかもしかも、

 「……………はい?」

そのお声にも覚えがあった桜庭で、
さして待つこともなくのすぐさまという勢い、たったか駆けて来た人影は、

 「お、桜庭じゃんか。創立記念日休みだろうに、自主トレか? 感心だな。」
 「………妖一?」

どこのご隠居様ですかというよな、微妙に老成した物言いをした彼もまた、
こっちのセナくんと変わらぬ小学生であり。
白地に南米調のイラストが小粋なシャツと、
サスペンダーで吊った七分丈の木綿のパンツも軽快な、
なかなかにお洒落ないで立ちの金髪の美少年。
その手へあるものを包み込んでの運んで来たらしく。

 「ほれ。氷、貰って来たぞ。」
 「ああ。」

近づいたそのまま ひょこりと屈むと、
やっとこ手を離した進と入れ替わりで、
セナくんの二の腕を掴み取り、
その半ばほどへとハンカチに包んだ氷をあてがう。

 「ふや…。」
 「ほれ、ちっとはマシになったろが。」
 「うん…。」

別な方の手で ぐしと潤みの増した目許を擦りつつのお返事ながら、
それでもさっきまでの必死さはあっと言う間に鎮火してもおり。
この経緯に…通りすがりという立場の桜庭には、
あまりに足りないピースが多かったのだけれども。

 「ほれ、進、代われ。」
 「ああ。」

特別な要領なんて要るこっちゃなしと、
やや尊大な言いようとともに、
手元だけぎりぎり押さえたまんまでの手際よく、
大柄なお兄さんと居場所を入れ替わった小悪魔様。
今度はセナくんも抵抗の気配なぞ見せず、
むしろ自分から甘えるように擦り寄ってるほどと来て。

 「???」

依然としてハトが豆鉄砲喰らったようにキョトンとしていた桜庭へ、
ヨウイチ坊やがあらためて紡いだのが、

 「こいつってばさ、虫に刺されっと、気が済むまで掻き倒すんだよな。」
 「あ…。」

そこは…こちら様は、進とは真逆で察しもいい人、
そんな手短な説明だけで、コトの八割方を見通せている。

  そっか、薮蚊か何かに刺されたんだね。
  そ。

あいにくと虫さされの薬なんて持って来てなかったんで、
掻かないようにって進に押さえさせて、
大急ぎで池の向こうまで、
ジュースや何や売ってる売店までを俺が走った訳だ、と。
いかにも“世話の焼ける奴だ”と言いたげに肩をすくめる、
こちらさんもまだまだ立派な小学生の坊やだったが。

 「写生会の課題を仕上げに来てたんだが、
  虫よけのスプレーはちゃんとかけてたってのに、
  妙にしつこい蚊がいたみてぇでよ。」

俺もちこっと刺されてると、
片手を上げると肘近くを見せてくれて、

 「電車乗っての遠出だったからって、
  付き添ってたのが進で助かった。」

 「なんで?」

決まってんじゃんか、ルイだったらセナに泣かれりゃ折れるだろうし、
そこんところは桜庭だって同じじゃね?と。
さすがは自身も
“かわい子ちゃんビーム”をさんざん活用している身だからか、
その威力のほどを的確に把握していてのお言いようをし。

 「その点、進は大したもんだよな。」

本気で押さえてりゃあセナのか細い腕なんて軽く折られてたろうにと、
とんでもなく物騒なことを言い出す妖一くんだったが、

 “だよなぁ、そこは重々判るぞ。”

進だからこそ揺るがなくっての、
ちゃんと加減をした上で押さえ込めていたらしいと、
そこを褒めた坊やだったらしいのだけれど。


    危なかった…………。/////////


誰の呟きなのか、何がどう“危なかった”のかは、
秘密にしとくのが武士の情けってもんでございましょうか?
今にも泣き出しそうだったその余韻か、
ふや…と頼りないお声を洩らしては、
向かい合ってのお手当てに専念していたお兄さんの懐ろへ、
いつの間にやらもぐり込んでた小さなセナくん。
痒いから離してとさんざんゴネたのに、
ビクともしなかった頼もしさへと、今になって惚れ惚れしたようで。
こちらさんも半袖のプリントシャツと半ズボンという、
いかにも涼しげな恰好の身を、
仔猫が甘えるように、
うにむにと擦り寄せる様子が可愛いったらなくて。


  “…可愛いで済みゃいいがな♪”

  こらっ、妖一くんっ。
(苦笑)






  〜Fine〜 10.06.10.


  *お後がよろしいようで
   …じゃあなくて。
   このタイトルへだけは後日にリベンジとなるやも知れません。
   だってどこが“抱き締めたくなる”お話でしょうか。
(苦笑)
   こ〜んな可愛い坊やに擦り寄られてもぐっとこらえる、
   進さんの精神力の鋼っぷりは、称賛に値すると思います。


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